『The 7th Blues』は
    B'zを本格的なB'zにした
    バンドのターニングポイントと言える重要作品

    『The 7th Blues』(’94)/B'z

    『The 7th Blues』(’94)/B'z

    B'zの全国ツアー『B'z LIVE-GYM Pleasure 2018』が先週末、7月7日の沖縄コンベンションセンターからスタートした。B'zのコンサートの中でもベスト選曲で構成される“Pleasure”の開催は2013年以来、5年振り。全国12カ所23公演、過去最大級の動員を予定しているという。今週はそんなB'zのアルバムから1作品を紹介する。

    今年30周年を迎えるB'z

    のっけから余談&楽屋落ちで申し訳ないのだけれど、ちょっと書かせていただきたい。今年はデビュー○周年のアーティストや結成○周年のバンドが多く、しかも、30周年、40周年という大御所、所謂“オオネタ”も多い。当コラムでも今後、年末にかけて、その“オオネタ”の名盤を紹介していく予定で、これが第一弾というわけでもないのだが、今週紹介するB'zもそのひとつである。

    B'zは結成とメジャーデビューが1988年なので、今年30周年を迎えたことになる。この言い方はあまり好きじゃないのだが、“国民的バンド”という括りがあるとして、B'zはCD総売上枚数が国内1位なのだから、間違いなく、その筆頭と言ってもいい存在だ。ところが、ほんと先に謝っておくが、筆者はからっきしのB'z弱者である。どのくらい弱者かというと、体調が悪い時だったら、何の疑いもなく、“いなばこうじ”と口にしてしまう恐れがあるほど、かなり迂闊なところがある。よって、B'zの名盤を書かせていただくことになった時も、どのアルバムを選んでいいのかさっぱり分からなかった。B'zのアルバムはほとんどチャート1位でミリオンセールスを記録しているから、正直言ってどれが代表作なんだかパッと見には分からない。

    ということで、“どれでもいいので選んでください”と担当編集さんに伝えると、『The 7th Blues』のCDが届いた。箱入りのがっしりとしたマテリアルで、さすがにCD総売上枚数国内1位ともなるとCDの装丁も豪華なのだなと思って開けてみたらこれが何と2枚組。それすら知らなかったくらいの弱者である。以下、『The 7th Blues』の特徴、ひいてはB'zというアーティストの特徴を書かせていただくが、その点を予めご承知いただいた上でお読みいただければ幸いである。B'zファンなら誰もが知っているであろう基本事項も大分含まれると思うが、その点もご容赦いただければ、と思う。

    1994年はB'zの暗黒時代?

    だ、いくらB'z弱者だと言っても、これまでその楽曲はかなり耳にしている。テレビ、ラジオからはもちろんのこと、街でも当たり前のように流れてくるB'zの楽曲をそれと意識することなく聴いてきた。それこそ、浴びるように耳にした時期があったかもしれない。彼らの歌詞には必ずと言っていいほど楽曲タイトルが含まれているから…でもあるのだが、サビのフレーズを聴いただけでその曲名を言える楽曲も結構ある気がする。CD総売上枚数国内1位とはそういうことだと思う。

    なので、B'zのアルバムを丸々1作品聴くのは今回が初めてだったとは言え、悪い意味での大きな驚きはなかった。『The 7th Blues』全20曲、100分超を聴かせていただいた感想としては、変な意味ではなく、“まぁ、これがB'zですよね”であった。当初は“よりによって2枚組を選ぶとは、B'z弱者に対する嫌がらせか!?”と思ったりもしたものだが、別に長いからと言って苦痛でも何でもなかったし、十分すぎるほどにロックなアルバムであると思った。しかし、少し調べてみると、本作がリリースされた1994年はメンバー曰く“暗黒時代”だったという。これには少し驚いた。暗黒も何も、自分にとってこれはB'z以外の何ものでもなかったのだが──。聞けば、本作で本格的にブルース、ソウル、ファンク、R&B、ハードロックを取り入れたことで、それまでのファンが大分離れたそうである。コンサートの動員も落ち込んだという話もある。また、ふたりとも長髪になったのもこの頃で、それに拒絶反応を示すファンもいたとのことで、メンバーが当時を振り返って“暗黒時代”とか“黒歴史”と言ったというのだ。

    さっきも言ったようにB'z弱者の自分ですらB'zらしいと感じるアルバムにも関わらず、発売当初はそれを否定するファンもいたということは、『The 7th Blues』はB'zのターニングポイントであり、エポックを画した作品と言えるようである。

    一般層に浸透したハードロックバンド

    B'z弱者だとしても、B'zと言えば洋楽と見紛うようなギターロックバンドという印象を持っている人は多いのではないかと思うが、『The 7th Blues』はそのイメージを損なうことのないアルバムだろう。そのサウンドにおいて直接的に和を感じさせるものはほとんどないと言っていい。語弊のある言い方かもしれないが、ここまで洋楽的な要素を前面に出したら、確かに離れていくファンがいてもおかしくないかなとも思う。

    本作が発表された1994年と言うと、Radioheadもデビューしていたし、Pearl Jam、Nirvana、The Smashing Pumpkinsら、所謂オルタナ勢もまだ盛り上がっていた頃なので、洋楽的だからといってマニア層にしか受け入れられないものではなかっただろうが、この頃はまだハードロック的なアプローチはなかなか一般層に浸透しづらいものではあったと思う。唯一の例外はX JAPAN(当時:X)だが、それにしても多作ではなかったためか、X JAPANがセールス面で年間十傑に入るようなことはなかったし、売上上位のシングルは「Tears」や「Say Anything」、「Forever Love」といったバラードナンバーだ(だからと言ってX JAPANの功績を軽んじるつもりはまったくないので誤解のないようにお願いする)。

    なので、そのハードロック的な音像だけで考えると、よくぞ『The 7th Blues』はミリオンを記録したものだと思う。しかも、2枚組オリジナルアルバムとして史上初のミリオンセラーであり、歴代最高の売上記録を持っているのだから、完全に快挙だったと言っていい。B'zは日本で唯一、一般層に受け入れられたハードロックバンドであろうし、それが『The 7th Blues』から始まったことは確認できた。

    歌詞に見るB'zの心意気

    この時期をメンバーふたりは“暗黒時代”や“黒歴史”と振り返ったそうだが、意識的に変化を画策したであろうことは歌詞に見て取れる。以下、気付いた部分を列挙する。

    《FIND ME NOW 宇宙の果ての惑星で悩むボクを/笑えよ 途絶えることない命を震わせ/Oh 小さな ヒトの苦しみもまた塵のよう/帰るよ 限られた自由を叫びまくろう 赤い河よ》(DISC1・M9「赤い河」)。
    《似たよなこと 何度繰り返して Yeah/いったいどこに辿り着けるの tell me》《DON'T LEAVE ME だれもいない/僕を許してくれるのは 君以外に/IT'S TOO LATE 後戻りのない/人生を今はじめて振り返る》(DISC2・M1「Don't Leave Me」)。
    《こころは いつもいつも流されまくりながら/その色を変えてゆくよ/古くて臭いシャツを引き裂いたら/大好きなキミを捨てよう》《強引なオノレをさらして/ヤりゃあいい 明日がくるその前に/後悔をなすらないでよネ/ダしゃあいい タマがうずくなら》(DISC2・M4「JAP THE RIPPER」)。
    《破れぬ夢をひきずって もがいて 身をよじれ/うしろに道は もうないから/やめないで でも今日 明日じゃ 何も変わらない》(DISC2・M7「破れぬ夢をひきずって」)。
    《ルールを破れず 誰かが泣いてる/もうすぐ次の夜が明けるよ》(DISC2・M10「farewell song」)。

    変化、自由を希求する気持ちと逡巡がわりと赤裸々に綴られている。これは筆者の勝手なイメージなので先に謝っておくが、B'zの歌詞はラブソングが多いと思っていた。心情を吐露したものやメッセージ性の強い歌詞は少なく、あってもアルバムに1、2曲だろうと推測していたのだが、ここまでロック的なリリックだとは思わなかった。この他のアルバムがどうであるのか今は分からないが、『The 7th Blues』はB'zの心意気みたいなものが、これまた十二分に感じられる作品ではある。

    洋楽ロックへのリスペクトとオマージュ

    あと、『The 7th Blues』の特徴として記しておかなければならないのは、洋楽ロックへのリスペクト、オマージュを何憚ることなく露呈しているところだろうか。DISC1・M10「WILD ROAD」は映画『メジャーリーグ』のテーマ曲の他、数々のアーティストにカバーされている「Wild Thing」が元ネタだろう。DISC2・M2「Sweet Lil' Devil」の間奏ではLed Zeppelinの「HeartBreaker」が聴けるし、M5「SLAVE TO THE NIGHT」ではJimi Hendrixの「Little Wing」も確認できる。The Beatlesへの敬愛は随所で感じられるが、もっとも顕著なのはDISC2・M10「farewell song」と言っていいはず。元ネタは「愛こそはすべて」であり、「ヘイ・ジュード」であり、それをはっきりと分かるかたちで取り込んでいる。アウトロで「LADY-GO-ROUND」のサビを歌っているが、これは「愛こそはすべて」のアウトロでJohn Lennonが「シー・ラヴズ・ユー」を歌っていることの明らかなパロディーであろうし、ほとんど引用と言える。おそらくレコーディングに携わったスタッフ全員でキャッキャッと言いながら作ったのだろう。これも語弊のある言い方だろうが、普通にロック好きであることがよく分かる。

    しかし、こうしたスタイルが関係してか──これも今回、本稿を制作していて初めて知ったことだが──“B'zは洋楽のパクリ”と言われている向きもあるようだ。正直その揶揄には呆れてしまった。ここまで元ネタがはっきりそれと分かるものを、鬼の首を取ったように“パクりだ”というのは完全に論点がズレている。今もそんなことを思っている人がどれだけいるか分からないけれども、そんなことを言うのは止めたほうがいい。音楽シーンを狭めるだけの行為だと思う。

    歌メロとサウンドとの相性のよさ

    さて、B'z弱者なりにアルバム『The 7th Blues』をザっと分析してみたが、ハードロック色強めの洋楽的アプローチ、心情を赤裸々に吐露した歌詞、そして先人へのオマージュを隠さないサウンドメイク──そこだけに絞ってみると、1994年の時点で本作がミリオンを記録し、その後もB'zの人気が衰えなかったことは、さっきも書いたが、これは驚異的なことであったと思う。ちなみに次作『LOOSE』がB'zのオリジナルアルバムでの最高売上で、そこから2000年代前半まではアルバムもシングルもミリオンが続いたし、コンサートツアーに関して言えば、1990年代後半からそれまでのホール中心からアリーナ、スタジアム中心になっていったのだから、人気が衰えなかったどころか、B'zの快進撃はこの頃から勢いを増したと言ってもいいほどである。

    それはどうしてだったのか? これはもう間違いなく、歌のメロディーの大衆性に要因があるだろう。本稿冒頭で、B'z弱者である筆者が『The 7th Blues』を最初に聴いた時の印象を“まぁ、これがB'zですよね”と書いたし、2枚組で収録時間が長いからと言って苦痛ではなかったとも書いたが、歌がキャッチーで、しっかりと抑揚があるから聴いていて飽きが来ないのである。いや、これでサウンドが、それこそハウスミュージック的なデジタル音だけで押して来られたら流石に食傷気味になったのかもしれないが、あのメロディーと生のバンドサウンドは実に相性がいいのだと思う。

    そして、これは本当に基礎の基礎だが、B'z弱者に免じて許してもらいたい。この歌メロを最大限効果的に伝えているのが稲葉浩志(Vo)のヴォーカリゼーションであり、それを支えているのが松本孝弘(Gu)のギターなのだろう。ふたりが自らのルーツに忠実に音楽をやればそこに魂が宿り、音像が活き活きとするのは当たり前で、一部のファンは離れたという『The 7th Blues』だが、ここでさらにB'z人気が広がったのも当然だったと考えられる。

    TEXT:帆苅智之

    『The 7th Blues』(’94)/B'z